老後資産はいくら残す?配偶者を守る「100歳から逆算する相続」をFPが解説
老後資産は子どもにいくら残せばいい?相続税の節税を考える前に確認したいのが、残された配偶者の生活資金です。実際の生命保険の相談事例から「使う・守る・増やす・残す」で考える老後資産と相続をCFP®が解説します。
「子どもには、できるだけお金を残してあげたい」「自分たちのことで、子どもに迷惑をかけたくない」相続のご相談を受けていると、こうしたお話をよく伺います。親としては、とても自然な気持ちだと思います。でも私は、そんなときに少し違う質問をします。「では、ご自身のために使うお金は、きちんと確保できていますか?」旅行に行きたい。自宅をリフォームしたい。元気なうちに夫婦でおいしいものを食べに行きたい。それでも、「老後に何があるか分からないから」「子どもに少しでも多く残したいから」と、自分たちのためにはなかなかお金を使えない方がいます。反対に、相続税を少しでも減らそうと、早いうちから子どもや孫へ財産を移すことばかり考えてしまう方もいます。でも、ここで一度考えてみてください。
相続で最初に守るべきなのは、本当に「相続税」でしょうか?
私はそうは考えていません。まず守るのは、これから生きていく自分自身。そして夫婦なら、自分が亡くなったあとも生きていく配偶者の生活。そのうえで、子どもや孫に何を残すのかを考える。この順番が、とても大切だと思っています。実は私は、相続の相談だからといって、最初から相続税の計算ばかりを見るわけではありません。もちろん税金の確認は必要です。でも、その前に、「ご主人が先に亡くなったら、奥様の生活は大丈夫ですか?」「奥様が100歳まで生きても、お金は足りますか?」と考えます。相続税を一生懸命減らしたのに、その後、残された奥様の生活費が足りなくなった。それでは、何のための相続対策だったのでしょう。税金の計算は大切。でも、老後の生活はもっと長い。私は、そこから考えます。今回は「使う・守る・増やす・残す」を考えてきたシリーズの最終回。テーマは、「いくら残すのが、わが家にとってちょうどいい相続なのか?」です。
5,000万円ある。では、いくら子どもに残す?
たとえば、老後資産が5,000万円ある夫婦がいるとします。「子どもが2人いるから、なるべく多く残してあげたい」そう考えるかもしれません。でも私は、いきなり、「子どもにいくら残しますか?」とは考えません。先に確認することがあります。夫婦の生活費はいくら必要?年金はいくら入ってくる?医療や介護には、どの程度備える?自宅の修繕や住み替えは?そして、元気なうちに何をしたい?さらに、夫婦の場合にはもう一つ、とても大切なことがあります。「もし私が先に亡くなったら、残された妻(夫)は大丈夫?」ここです。
一人になっても、生活費は半分にはなりません
どちらか一方が亡くなれば、食費など減る支出はあります。でも、すべてが半分になるわけではありません。住居費。固定資産税や管理費。水道光熱費。住宅修繕費。通信費。車。医療費。そして将来の介護費。一人になっても必要なお金は残ります。私はよく、「一人になったからといって、電気代も固定資産税も半額にはしてくれませんよね」とお話しします。ここは、老後のキャッシュフローを考えるときの盲点です。総務省の2025年家計調査では、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の消費支出は月約26.4万円。一方、65歳以上の単身無職世帯でも月約14.8万円です。平均値なので、もちろん各家庭で違います。ただ、「一人になったら生活費も半分」と単純には考えられないことが分かります。さらに、公的年金も、夫婦二人で受け取っていた金額がそのまま残された配偶者に入るわけではありません。つまり、「夫婦二人なら大丈夫だった」=「一人になっても大丈夫」ではないのです。
「子どもに迷惑をかけたくない」からこそ、配偶者のお金を先に考える
例えば、夫が先に亡くなり、妻がその後20年、30年と暮らすことになったらどうでしょう。高齢になれば、医療や介護が必要になるかもしれません。住み替えが必要になるかもしれません。そんなとき、「相続税を減らすために子どもへ多く渡しておいたから、妻の手元に使えるお金が少ない」となったら、本末転倒ではないでしょうか。結局、妻の生活費や介護費を子どもが負担することになれば、「子どもに迷惑をかけないための相続対策」が、かえって子どもの負担を増やすことにもなりかねません。だから私は、節税は「目的」ではなく「手段」。だと考えています。まず、自分と配偶者が最後まで安心して暮らせること。税金の話は、そのあとです。
【実際の相談事例】保険金の受取人は、子どもでいい?
実際の相談で、こんなケースがありました。相続対策を考えていらっしゃるご夫婦です。生命保険の死亡保険金について「配偶者には相続税の軽減制度がある。それなら保険金は子どもに渡した方がいいのでは?」という考えから、配偶者ではなく、お子さんが受取人になっていました。確かに、相続税には「配偶者の税額軽減」があります。現在の制度では、配偶者が実際に取得した正味の遺産額について、1億6,000万円または配偶者の法定相続分相当額のいずれか多い金額まで、配偶者に相続税がかからない仕組みです。ですから、「配偶者は税負担が軽い。それなら保険金は子どもへ」という発想になるのも分かります。でも私は、税金の計算だけを見るのではなく、こう考えました。「もしご主人が先に亡くなったら、奥様はそのあと何年暮らす可能性がありますか?税金より先に「奥様のこれから」を考えました
生活費はいくら必要なのか。年金はいくら入るのか。預貯金はいくら残るのか。医療や介護が必要になったらどうするのか。住まいはどうするのか。そして、奥様自身が安心して使える現金を、いくら確保しておく必要があるのか。そこまで考えたうえで、生命保険の受取人についても見直されました。死亡保険金は、契約者・被保険者・受取人の関係によって税金の扱いが変わります。被相続人が保険料を負担し、相続人が受け取る死亡保険金には、一定の要件のもと、500万円 × 法定相続人の数という相続税の非課税限度額があります。ただ、私がここでお伝えしたいのは、「生命保険の受取人は必ず配偶者にしましょう」ということではありません。家族構成、財産の内容、生命保険契約、相続税額、配偶者自身の資産などによって、答えは変わります。大切なのは、「税金が安くなるから」という理由だけで決めないこと。です。税金だけを見れば正解に見えても、老後生活まで含めると答えが変わることがある。ここに、相続と老後資産設計を一緒に考える意味があります。
一次相続だけでなく、その先も考える
もちろん、「では、何でも配偶者に多く残せばいい」という話でもありません。夫が亡くなり、妻が相続する「一次相続」。その後、妻が亡くなり、子どもたちが相続する「二次相続」。ここまで考える必要があります。ただし、二次相続の税金を気にするあまり、一次相続で配偶者に必要な生活資金を残さないのも違います。だから私は、税金だけではなく、配偶者の生活と家族全体の資産を一緒に見る。ここを大切にしています。この配偶者の生活費・介護費用を確保したうえで二次相続対策を考えないといけないというのも、理由があり、死別・離別となった75歳以上の女性の3割は相対的貧困であり日々の生活に困窮しているのです。
私が見るのは「100歳までのお金」
相続というと、「亡くなったときに、財産をどう分けるか」というイメージが強いかもしれません。でも私は、それより前から相続は始まっていると思っています。まず、自分自身が100歳まで生きても困らないか。次に、自分が先に亡くなっても、配偶者が100歳まで困らないか。そして、それでも安心して残せるお金を、子どもや孫へどうつなぐか。この順番です。私はこれを、「100歳から逆算する相続」と考えています。5,000万円あるから、「3,000万円は子どもに残そう」と先に決めるのではありません。老後の生活費。医療・介護。住まい。楽しむためのお金。そして、配偶者が一人になった後のお金。そこまで確認して、「これなら安心して残せる」という金額を考える。私は、この順番の方が自然だと思っています。

お金は「死んでから残す」だけではありません
子どもや孫にお金をつなぐ方法は、亡くなった後の相続だけではありません。もちろん、生前贈与には贈与税や相続税との関係がありますから、制度を確認する必要があります。でも、お金の使い方という意味では、元気なうちに家族で旅行する。孫のお祝いをする。一緒に食事をする。家族が本当に必要としている時期に支援する。という方法もあります。親が95歳で亡くなったとき、子どももすでに70歳前後ということがあります。そのときに初めて大きな財産を受け取るだけでなく、親も元気で、子どもや孫もそのお金を生かせる時期に使う。そんな選択もあるのではないでしょうか。私は、お金は「財産」だけでなく、「経験」や「思い出」に変えて残すこともできる。と思っています。
最後の通帳残高を競うのが、老後ではありません
1億円残して亡くなった。だから成功。100万円しか残らなかった。だから失敗。私は、そんな単純な話ではないと思っています。自分がやりたかったことができたか。配偶者が安心して暮らせたか。介護が必要になったときに困らなかったか。子どもに過度な負担をかけなかったか。そして、残したい人に、残したい形でお金をつなぐことができたか。そこまで含めて、老後資産設計です。最後の通帳残高が一番多かった人が、老後のお金の優勝者というわけではありません。せっかく貯めてきたお金です。税金を減らすことに一生懸命になりすぎて、ご本人の人生まで小さくしてしまっては、もったいない。私はそう思います。
「使う・守る・増やす・残す」
私は老後のお金を、4つに分けて考えています。
① 使うお金
元気なうちに、旅行や趣味、日々の生活を楽しむためのお金。
② 守るお金
医療、介護、住まいなど、自分と配偶者を守るためのお金。
③ 増やすお金
10年、20年先の生活を考え、リスク許容度に応じて運用するお金。
④ 残すお金
配偶者、子ども、孫など、大切な人へつなぐお金。
大切なのは、この順番です。「残す」を最初に持ってくると、自分たちの人生に必要なお金まで削ってしまうことがあります。反対に、何も考えずに全部使ってしまえば、長生きしたときに困ります。だから、使う。守る。増やす。そして、残す。この4つを、自分の人生に合わせて設計するのです。
結論――相続は「亡くなった後」から始まるのではありません
私は、相続税を減らすことだけが相続対策だとは考えていません。自分のお金を、自分の人生のためにきちんと使う。自分が先に亡くなっても、配偶者が困らないようにする。長生きに備えて、必要なお金は育てておく。そして、本当に残せるお金を、子どもや孫につないでいく。これが、「使う・守る・増やす・残す」です。相続税を少しでも減らしたい。その気持ちはよく分かります。でも、旅行にも行かず、食べたいものも我慢して、家族と楽しむことまで我慢して――。最後に通帳の残高がたくさん残った。それだけが「上手な相続」ではないと思うのです。もちろん、「それなら全部使ってしまいましょう」という話でもありません。だからこそFPとして、「いくら増やす?」「いくら節税する?」だけではなく、「いくらなら安心して使える?」「配偶者にはいくら必要?」「最後にいくら残したい?」まで一緒に考えたいのです。私が考える相続は、「亡くなった日の財産をどう分けるか」ではなく、そこに至るまでの人生のお金をどう設計するか。ということです。だから、相続対策を始めるときには、「いくら残す?」ではなく、「誰の生活を、いつまで守る?」から始めてみてください。その答えが見えてくると、使っていいお金。守るべきお金。増やすお金。そして、残すお金。それぞれの役割も見えてくるはずです。山下FP企画では、相続だけ、保険だけ、投資だけを切り離して考えるのではなく、「使う・守る・増やす・残す」という4つの視点から、ご本人とご家族のこれからのお金を一緒に考えています。
本記事について
本記事は一般的な相続・老後資産設計の考え方をお伝えするものであり、個別の税務・法律判断や金融商品の購入・契約を推奨するものではありません。相続税・贈与税および生命保険金の課税関係は、契約者・保険料負担者・被保険者・受取人、相続人の構成、財産額、遺産分割等によって異なります。記事中の相談事例は、個人が特定されないよう一部の情報を変更しています。具体的な税務判断については税理士、遺言・遺産分割等の法律問題については弁護士・司法書士等、適切な専門家へご確認ください。



