成年後見制度が約25年ぶりに大きく変わろうとしています。
「必要な時だけ利用できる」「本人の意思をより尊重する」。そんな柔軟な制度へと進化する一方で、認知症による資産凍結という、家族にとって切実な問題は残念ながら解決されるわけではありません。
私は24年間、CFP®認定ファイナンシャルプランナーとして2,000世帯以上のご相談をお受けしてきました。その中で痛感するのは、「お金がないこと」よりも、「お金があるのに、必要な時に使えなくなること」の方が、ご家族を苦しめる場合があるということです。
今回は、成年後見制度改正のポイントと、実際の相談事例をもとに、認知症時代に必要な「家族のお金の備え」について、私なりの考えをお伝えしたいと思います。
認知症になると、家族でもお金を動かせなくなることがあります
親が認知症になり、介護施設へ入るためのお金を準備したい。実家を売却して介護費用に充てたい。そんな時でも、銀行から「ご本人の意思確認ができないため、お手続きできません」と言われてしまうことがあります。
家族だから自由に手続きできる。そう思われる方は少なくありません。しかし現実には、預金、不動産、証券口座など、さまざまな財産が事実上動かせなくなることがあるのです。
私は24年間FPとして活動してきましたが、老後資金が足りないこと以上に、認知症によって**「必要な時に、必要なお金を動かせなくなること」**の方が、ご家族の人生に大きな影響を与えることがあると感じています。
私が24年間FPをしてきた中でも、特に忘れられないご相談があります
これは、私が実際にご相談を受けた方のお話です。プライバシーに配慮し、内容を一部変更しています。
エイコさん(仮名)は50代の独身女性。80代後半のお父様、お母様との3人暮らしでした。一人娘だったこともあり、「相続でもめる兄弟もいないし、我が家には相続問題なんて関係ない」と思っていたそうです。ところが、ある日突然、お父様がお風呂場で転倒し、大腿骨を骨折。長期入院を余儀なくされました。そして退院してきた時、エイコさんは目を疑ったそうです。あれほど元気で、はつらつとしていたお父様が、娘の顔も分からないほど認知症が進行していたのです。
私は仕事柄、「長期入院は高齢者の認知機能に大きな影響を与えることがある」と頭では分かっていました。でも、ご家族がその現実を目の当たりにした時の衝撃は、想像以上に大きいものです。
一人でお風呂に入ることも、食事をすることも、着替えをすることも難しくなり、ご家族は介護施設への入居を決断しました。
お父様は長年働き、相応の資産を築いておられました。「父が慣れ親しんだ地域で、安心して暮らしてほしい」・・・そう考え、入居金3,000万円、月額30万円ほどの介護施設を選ばれました。
ところが――
いざ入居金を振り込もうとした時、銀行から、「ご本人の判断能力が確認できないため、お手続きできません」と言われたのです。
つまり、お父様の資産が、事実上、動かせなくなっていたのです。
エイコさんは、「父が汗水流して築いたお金なのに、父のために使えないなんて……」と涙を流されました。成年後見制度を利用することも検討しました。
しかし、申立てをして、後見人が選任され、実際に財産を動かせるようになるまでには、半年以上の時間がかかりました。その間、エイコさんは仕事を辞め、お母様と交代しながら、お父様の介護を続けられました。
その時、エイコさんが私におっしゃった言葉を、私は今でも忘れられません。
「山下さん。お金がないことが問題じゃないんですね。お金があっても、認知症になったら、家族のために使えなくなるんですね。」
私はこの言葉を聞いた時、認知症時代の資産管理の難しさを、改めて痛感しました。
成年後見制度が25年ぶりに大きく変わろうとしています
こうした課題を背景に、成年後見制度が2028年度に大きく変わる予定です。
これまで、
・一度始めたら原則やめられない
・専門職が後見人になるケースが多い
・必要以上に長期間利用しなければならない
といった使いづらさが指摘されてきました。
今回の改正では、
・必要な期間だけ利用できる
・必要な手続きだけお願いできる
・本人の意思をより尊重する
そんな、より柔軟で、人に寄り添う制度へ変わろうとしています。私は、これはとても良い変化だと思っています。誰でも、年齢を重ねても、できる限り自分らしく生きたい。その思いを大切にする制度へ、進化しようとしているからです。
でも、FPとしてどうしてもお伝えしたいことがあります
制度が変わっても、認知症による「資産凍結リスク」そのものはなくなりません。認知症になってから成年後見人が選ばれるまでには、一定の時間がかかります。その間、預金を引き出せない。不動産を売れない。証券口座も動かせない。つまり、成年後見制度は、「資産凍結を防ぐ制度」ではなく、「資産凍結が起こった後に支援する制度」なのです。
私が大切だと思うのは、「元気なうちの準備」です
私は成年後見制度を否定しているわけではありません。今回の改正によって、多くの方にとって利用しやすい制度になると思っています。ただ、制度だけに頼るのではなく、家族信託、任意後見、遺言、生前贈与なども含めて、元気なうちから準備をしておくこと。それが、自分らしい人生を守り、家族の負担を減らし、大切な資産を次の世代へつないでいく、本当の意味での「備え」ではないでしょうか。
おわりに
認知症は、特別な誰かの問題ではありません。誰の家族にも、そして、私たち自身にも起こり得ることです。私は24年間FPとして活動する中で、「まだ元気だから大丈夫」と思っていたご家族が、突然の認知症によって、お金も、介護も、相続も、思うように進められなくなる場面を何度も見てきました。だから私は、制度の「光」だけでなく、見落とされがちな「影」も、誠実にお伝えしていきたいと思っています。
「まだ先の話」ではなく、「元気な今だからこそ考える」。そんなきっかけに、この記事がなれば幸いです。
―― CFP®認定ファイナンシャルプランナー
山下 幸子



