「老後は、資産の4%ずつ取り崩せば大丈夫」

こんな話を聞いたことはありませんか?FIRE(経済的自立・早期リタイア)が話題になったことで、日本でも広く知られるようになったのが、「4%ルール」です。たとえば金融資産が5,000万円あれば、5,000万円 × 4% = 年間200万円「それなら、毎年200万円くらい使っても大丈夫なんだ」と思ってしまう方もいらっしゃるかもしれません。でも私は、特に60代以降の方には、「4%という数字だけを見て、老後のお金の使い方を決めないでください」とお伝えしたいと思います。4%ルールが間違っている、という意味ではありません。問題なのは、「4%なら誰でも大丈夫」と、自分の年金、生活費、年齢、資産の中身、そしてこれからやりたいことを考えずに、数字だけを当てはめてしまうことです。今回は、夫65歳・妻61歳、金融資産5,000万円という夫婦をモデルに考えてみましょう。

そもそも「4%ルール」とは?

4%ルールの原型となったのは、米国のファイナンシャル・アドバイザー、ウィリアム・ベンゲン氏が1994年に発表した研究です。米国の過去の株式や債券のデータを使って、「退職後、資産を取り崩しながら生活した場合、どの程度の取り崩しなら資産を長期間持たせることができたのか」を検証したものです。ここで、最初に知っておいていただきたいことがあります。4%ルールは、「毎年、その時点の資産残高の4%を使う」という意味ではありません。基本的な考え方は、最初の年に資産の約4%を取り崩し、その後はその金額を物価上昇に合わせて調整していくというものです。

「4%取り崩す」=「4%で運用する」ではありません

ここは、とても大切です。「5,000万円の4%を取り崩すということは、5,000万円を年4%で運用するということ?」と思われるかもしれません。そうではありません。4%は、運用利回りではなく、取り崩しを始めるときの金額の目安です。また、5,000万円を預金に置いたまま、毎年200万円ずつ使っていくという話でもありません。もともとの研究では、株式と債券を組み合わせた資産を運用しながら取り崩すことを前提にしています。投資ですから、毎年きれいに4%ずつ増えるわけではありません。大きく増える年もあれば、大きく減る年もあります。その値動きの中で資産を取り崩していったらどうなるのか、という研究なのです。ですから、4%で取り崩す=4%で運用するではありません。そして、老後資産5,000万円を全部投資するという意味でもありません。この違いは、ぜひ覚えておいてください。

実は「4%」も絶対的な数字ではありません

4%という数字も、どんな人にも当てはまる絶対的なものではありません。現在も、退職後の資産取り崩しについて研究は続いています。Morningstarの2025年の研究では、30年間にわたって物価上昇を考慮した一定水準の支出を続け、90%の確率で最後まで資産を残すという前提では、開始時の安全な取り崩し率を3.9%としています。しかも、この数字は株式比率30~50%のポートフォリオで最も高くなったものです。つまり、「4%という数字そのものが正解なのではない」ということです。運用期間、資産配分、市場環境、そして途中で支出を調整できるかによっても結果は変わります。だからこそ私は、4%を「答え」ではなく、老後のお金を考えるための一つのものさしとして見る方がよいと思っています。

では、5,000万円ある日本の夫婦で考えてみましょう

たとえば、こんな夫婦がいるとします。

項目モデルケース
65歳
61歳
金融資産5,000万円
生活費月30万円
公的年金(手取り)月25万円
毎月の不足額5万円
年間の不足額60万円

※年金額・生活費等は、考え方を分かりやすく説明するために設定したモデルケースです。

この夫婦の場合、生活費30万円 − 年金25万円 = 月5万円が不足します。年間なら、5万円 × 12か月 = 60万円です。では、5,000万円に対して60万円は何%でしょうか?60万円 ÷ 5,000万円 = 1.2%です。つまり、この夫婦が現在の生活を続けるために資産から補う必要がある金額は、年間60万円、資産の1.2%なのです。

一方、4%ルールの場合、5,000万円 × 4% = 200万円です。比べてみましょう。現在の生活費の不足:年間60万円 5,000万円の4%:年間200万円

ここで、私が一番お伝えしたいことは、「4%使える」と「4%使う必要がある」は、まったく違います。「4%ルールだから、年間200万円使おう」ではなく、まず、「私たち夫婦は、これから毎年いくら必要なの?」から考える。私は、この順番がとても大切だと思っています。

「年間60万円なら安心」とも言い切れません

「年間60万円しか不足しないなら、5,000万円もあれば大丈夫ですね」とも単純には言えません。夫65歳、妻61歳です。妻が100歳まで生きれば、これから約39年あります。その間には、物価が上がるかもしれません。公的年金の給付水準も変化する可能性があります。医療費や介護費が増えるかもしれません。自宅の修繕が必要になるかもしれません。そして、投資をしていれば、大きな暴落に遭遇する可能性もあります。だから、「今、年間60万円不足しているから、これから39年間ずっと60万円で大丈夫」という意味でもありません。老後のお金は、「今いくらあるか」だけではなく、「このお金を何歳まで持たせたいのか」まで考える必要があります。

シニアの資産運用で怖いのは「退職直後の暴落」

これは、私が老後の資産運用を考えるときに、とても気にしていることです。退職して、「さあ、これから5,000万円を運用しながら使っていこう」と思った直後に、株式市場が大きく下落したらどうでしょう。現役世代なら、「今は下がっているから、回復するまで売らないでおこう」という選択もしやすいでしょう。給与という収入があるからです。ところが退職後は違います。年金だけで生活費が足りなければ、資産からお金を取り出さなければなりません。つまり、資産が大きく値下がりしているときにも、生活のために売らなければならないことが起こり得ます。Morningstarの2025年研究でも、退職後最初の5年間に運用成績が悪く、支出を減らさなかったケースほど、資産を早期に使い果たすリスクが高まることが示されています。

老後資産を「水のタンク」で考えてみてください

私は、これを水のタンクに例えると分かりやすいと思っています。現役時代は、タンクから水が減っても、給与という水が毎月入ってきます。ところが退職すると、入ってくる水は主に年金になります。一方、生活するための水は毎月必要です。そんなときに暴落が起きる。すると、運用している資産が大きく減ります。さらに、その減った資産から生活費を取り出していく。一度売ってしまった分は、その後相場が回復しても、回復の恩恵を受けることができません。専門的には、「シークエンス・オブ・リターンズ・リスク(収益率配列リスク)」と呼ばれる問題です。難しい言葉を覚える必要はありません。大切なのは、「同じ平均利回りでも、暴落がいつ来るかによって老後資産の寿命が変わる」ということです。

だから、5,000万円を全部投資する必要はありません

では、どうすればいいのでしょうか。私は、近いうちに使う予定のお金まで、すべて投資に回さないことが大切だと考えています。生活費。旅行のお金。住宅の修繕費。医療や介護に備えるお金。こうした近い将来必要になるお金まで値動きの大きな資産に入れてしまうと、暴落したときにも売らざるを得なくなる可能性があります。逆に、当面必要なお金を預貯金などで確保しておけば、「今は相場が悪いから、運用している資産には手をつけない」という選択肢を持てます。つまり老後資産では、「何%で運用するか」だけでなく、「いくらを運用し、いくらを現金などで持っておくのか」まで考えることが大切なのです。

でも、お金を使わずに残せばいいわけでもありません

ここは、私がとてもお伝えしたいところです。「だったら5,000万円をなるべく使わず、残しておけば安心ですね」という話でもありません。私は、老後のお金は、最後に一番たくさん残した人が勝ちではないと思っています。元気なうちに旅行をする。食べたいものを食べる。趣味を楽しむ。家族と過ごす。孫との思い出を作る。やりたかったことをする。そのために使うのも、大切なお金の役割です。だから必要なのは、「使わないこと」ではなく、「安心して使える金額を知ること」なのです。

私なら「使う・守る・増やす・残す」で考えます

老後資産を、一つの大きな財布として考えない。私は4つに分けて考えます。

① 使うお金・・・日々の生活、旅行、趣味など、近い将来使うお金。

② 守るお金・・・医療、介護、住宅修繕など、もしものときに備えるお金。

③ 増やすお金・・・10年、20年先を考えて運用を続けるお金。

④ 残すお金・・・配偶者の老後や、子どもなどへの相続まで考えるお金。

つまり、「5,000万円あるから全部運用する」でもない。「5,000万円あるから4%使う」でもない。5,000万円を、「使う・守る・増やす・残す」にどう振り分ければ、やりたいことを楽しみながら、長い老後を安心して暮らせるのか。そこから考えます。

老後資金の振り分け守る・使う。増やす・残す

【実際の相談事例】5,000万円あっても「老後が怖い」

実際に、こんなご相談がありました。65歳の独身女性です。退職金と、それまで貯めてこられた預貯金を合わせると、金融資産は約5,000万円。金額だけを見ると、「5,000万円もあれば、老後は安心でしょう」と思われるかもしれません。ところが、ご本人はとても不安そうでした。一番心配されていたのが、「もし介護が必要になったら、いったいいくらお金を残しておけばいいのでしょうか?」ということでした。独身ということもあり、「将来、自分が介護状態になったらどうしよう」「どこに住めばいいの?」「最期までに、いくら必要なの?」と、先が見えないことが大きな不安になっていました。

「5,000万円を何%で運用する?」からは考えませんでした

介護に必要なお金は、一律ではありません。公的な施設もあります。民間の有料老人ホームや高齢者向け住宅もあります。住環境やサービス内容、介護・医療体制、そして最期の看取りまで対応してもらえるかによって、必要なお金は大きく変わります。そこで、この方の場合も最初から、「5,000万円を何%で運用しましょうか?」とは考えませんでした。最初に考えたのは、「これから、どこで、どんな暮らしをしたいですか?」ということです。

「最期まで安心して暮らせる場所」を先に考えた

ご本人が選ばれたのは、最期の看取りまで対応してもらえる高齢者向け住宅で暮らすという選択でした。毎月の住居費やサービス費等は、おおむね25万円程度。そして、身体が元気で、ご自身で判断できるうちに、自宅の売却や住み替えについても考えていただきました。ここで初めて、「では、この生活を続けながら、老後のお金をできるだけ長く持たせるためにはどうすればいいのか?」を考えました。

「全部預金」にも「全部投資」にもしない

この方の場合も、5,000万円をすべて投資するという考え方はしませんでした。反対に、すべて現金・預貯金のまま置いておくとも考えませんでした。将来使う時期や目的、そしてご本人のリスク許容度を確認しながら、現金・預貯金、投資信託、保険、終身個人年金などに、それぞれ役割を持たせて資産を組み合わせました。すぐ使うお金は、すぐ使える形で確保する。長期間使わないお金については、リスクを確認したうえで運用する。そして、長生きした場合にも継続して受け取れる収入について考える。大切なのは、「何%で増やすか、運用するか」だけではありません。「この暮らしを続けたら、お金は何歳まで持つのか」を確認することです。

「5,000万円あるのに不安」から「これなら使える」へ

それまで、この方にとって5,000万円は、「減らしてはいけないお金」になっていました。いくら資産があっても、「介護にいくらかかるか分からない」「何歳まで生きるか分からない」「将来いくら必要か分からない」となれば、怖くて使えません。ところが、将来の住まいを考える。必要なお金を整理する。資産の役割を分ける。そして、将来の収支を確認する。そこまで見えるようになると、「これなら、今から使っても大丈夫なんですね」と、老後のお金の見通しを持てるようになりました。私は、このご相談が老後資産設計の本質をよく表していると思っています。同じ5,000万円でも、「4%だから年間200万円使える」という計算だけでは、この方の不安は解決しなかったでしょう。必要だったのは、どこで暮らしたいのか。どんな介護を受けたいのか。最期をどう迎えたいのか。そのために、いくら必要なのか。を考えることでした。だから私は、4%という数字を見る前に、まずその方の人生を見ます。「どんな老後を送りたいか」が決まって初めて、「いくら使っていいのか」が見えてくる。私はそう考えています。※相談事例については、個人が特定されないよう一部の情報を変更しています。

結論――4%は「答え」ではなく「ものさし」

今回のモデル夫婦を、もう一度見てみましょう。金融資産は、5,000万円。4%なら、年間200万円。ところが、現在の生活費から計算した不足額は、年間60万円。もちろん、「60万円しか使ってはいけない」という意味ではありません。旅行したければ、その予算を入れる。車を買い替えるなら、それも入れる。リフォームしたければ、それも入れる。介護に備えたいなら、そのお金も考える。つまり、「私はこれから、何にお金を使いたいのか?」を先に考えるのです。そして、年金はいくら入る?毎年いくら不足する?何歳まで資産を持たせたい?近いうちに使うお金はいくら?暴落しても困らない運用額はいくら?を確認する。そのあとで、「では、いくらを、どのように運用すればいい?」と考える。順番が大切なのです。

老後のお金は「いくら増やす?」から「どう使いながら残す?」へ

現役時代は、「いくら増やせるか」を考える時期だったかもしれません。でも60代以降は、「いくら使えて、何歳まで安心して暮らせるか」を考えることも大切になってきます。私はこれを、「資産寿命」と考えています。4%という数字に、自分の人生を合わせるのではありません。自分の人生に、お金を合わせる。元気なうちに旅行をする。趣味を楽しむ。家族との時間を楽しむ。やりたかったことにお金を使う。それでも90歳、100歳になったときに生活に困らない。そして、残したい人にはきちんと残す。そのために、「使う・守る・増やす・残す」を考える。これが、人生100年時代の老後資産設計ではないでしょうか。

山下FP企画では、年金、預貯金、投資信託、保険をバラバラに考えるのではなく、「使う・守る・増やす・残す」という4つの視点から、お一人おひとりの資産寿命を考えています。「退職金のうち、いくら運用していい?」「毎年いくら使っても大丈夫?」「介護にいくら残しておけばいい?」「暴落しても100歳までお金は持つ?」そんな疑問がある方は、一度、ご自身の「資産寿命」を確認してみてください。

本記事について

本記事は、4%ルールの有効性を否定するものではありません。4%ルールは、米国の過去の市場データ等をもとに研究された退職資産の取り崩し方法の一つです。適切な取り崩し率は、運用期間、資産配分、市場環境、支出方法などによって異なります。記事中の「夫65歳・妻61歳・金融資産5,000万円・生活費月30万円・公的年金手取り月25万円」は、考え方を分かりやすく説明するためのモデルケースです。実際に必要となる老後資金や適切な資産配分・取り崩し額は、年齢、家族構成、年金額、生活費、金融資産、物価、投資期間、リスク許容度、医療・介護費、住まい、相続意向などによって異なります。また、投資信託等には価格変動、為替変動等による元本割れのリスクがあります。過去の運用実績は将来の成果を保証するものではありません。