「65歳で退職して、ゆっくり余生を楽しむ」
その選択が、実は老後の健康も家計も損なっている可能性があることを、あなたはご存じでしたか?
はじめに ── 「働き損」という誤解がなくなる
長年、高齢者の就労意欲を削いできた制度があります。それが「在職老齢年金制度」です。「給与をもらうと年金が減る」。そんな印象を持つシニア世代は多く、実際に就労時間をわざと抑えたり、仕事そのものを諦めるケースも少なくありませんでした。
しかし、2026年4月から、この制度が大きく変わります。
今回のコラムでは、FP(ファイナンシャルプランナー)と100歳人生コンサルタントの立場から、制度改正の中身をわかりやすく解説するとともに、「65歳以降も働くことが、お金だけでなく健康・介護予防の面でも最強の選択である」ことを、最新の科学的エビデンスとともに丁寧にお伝えします。
第1章 ── 在職老齢年金制度、2026年4月の改正ポイント
■ そもそも「在職老齢年金」とは?
在職老齢年金制度とは、老齢厚生年金を受け取りながら働く65歳以上の方を対象に、「給与と年金の合計額が一定の基準額を超えた場合、超過分の半額を年金から差し引く」という仕組みです。
払った保険料に見合った給付が受けられるという社会保険の原則からすれば、実は例外的なルールであり、「頑張って働くほど損をする」と感じる方が続出していました。
参考:厚生労働省「在職老齢年金制度の見直しについて」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00022.html
■ 何がどう変わる? ── 支給停止基準額が月51万円 → 月65万円へ!
【改正前(2025年度)】
・支給停止の基準額:月51万円
・基準超過時:超過分の1/2を年金から減額
・影響を受ける人数:約50万人(在職受給者の約16%)
【改正後(2026年4月〜)】
・支給停止の基準額:月65万円(+14万円引き上げ!)
・基準超過時:同左(ただし対象範囲が大幅縮小)
・影響を受ける人数:大幅に減少
14万円もの基準引き上げは、実に大きなインパクトです。令和7年年金制度改正法に基づく措置であり、厚生労働省は「高齢者の活躍を後押しし、働きたい人がより働きやすい仕組みとするため」と説明しています。
参考:日本年金機構「在職老齢年金制度の計算方法」
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/roureinenkin/zaishoku/20150401-01.html
■ 具体的な試算で確認しよう
【モデルケース】Aさん(67歳)
・老齢厚生年金:月10万円
・給与(賞与月割り含む):月45万円
・合計:月55万円
<2025年度(改正前)>
支給停止基準:51万円
超過額:55万円 − 51万円 = 4万円
年金停止額:4万円 ÷ 2 = 月2万円停止
実際に受け取れる年金:月8万円
<2026年4月(改正後)>
支給停止基準:65万円
超過額:なし(55万円 < 65万円)
年金停止額:ゼロ
実際に受け取れる年金:月10万円(満額)
▶ 年間差額:+24万円!
これだけで、年間24万円の手取り増加になります。さらに給与が増えても、合計額が65万円を超えなければ年金はフルで受け取れます。
■ 65歳以上の「3割超」が就労意欲に制約を感じていた
厚生労働省の調査では、65〜69歳の方のうち3割以上が「年金額が減らないよう、働く時間を調整している」と回答していました。今回の改正は、そうした「働き損感」を解消し、シニア世代の積極的な社会参加を促す重要な一手です。
第2章 ── 「65歳以降も働く」ことの健康効果、科学が証明している
お金の話だけではありません。65歳以降も仕事や社会活動を続けることは、健康寿命の延伸と介護リスクの低下に直結することが、国内外の研究によって明らかになっています。
【エビデンス①】就労者は死亡率が低く、”死亡が6年遅れる”
日本老年学的評価研究(JAGES)の報告によれば、社会参加(仕事・ボランティア等)を続けている男性高齢者は、そうでない方と比べて死亡が約6年遅いという驚くべき結果が報告されています。また、世帯収入や教育歴を調整した上でも、高齢者の就労は死亡率を有意に低下させることが示されました。
さらに、JAGESのデータを用いた2022年の研究(小牧ら)では、65歳以上の高齢者17,695人を対象に分析した結果、退職して就労していない群は就労している群に比べてQOL値が有意に低い(統計的有意差:p<0.01)ことが確認されました。
参考:「高齢者の就労状況とQOLの関連性」(公衆衛生と福祉学会誌 2022年)
https://www.hws-kyokai.or.jp/images/ronbun/all/202202-02.pdf
【エビデンス②】健康寿命と高齢者就業率は「都道府県レベルで正の相関」
厚生労働省の「健康寿命の延伸の効果に係る研究班」(2019年)は、都道府県別データを分析した結果、健康寿命と65歳以上就業率の間には正の相関があることを確認しています。つまり、高齢者がよく働いている地域ほど、住民の健康寿命が長い傾向があるのです。
<研究班報告書より>
「65歳以上就業率と健康寿命には正の相関があり、こうした直観的な認識はデータでも一定程度確認できる」
── 厚生労働省「健康寿命の延伸の効果に係る研究班」報告書(2019年)
参考:https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000495325.pdf
【エビデンス③】継続的な社会参加で認知症リスクが平均3.2ポイント低下
2025年、東京科学大学の松山祐輔准教授・相田潤教授らの研究チームが、衝撃的な研究成果を発表しました。
全国65歳以上の高齢者4万7,698人を最大9年間追跡(JAGES 2013〜2022年データ)した大規模研究の結果、スポーツの会や趣味の会などに週1回以上継続して参加していた高齢者では、認知症の発症割合が平均3.2ポイント低いことが明らかになりました。
この研究は英医学誌「Social Science & Medicine」に掲載されており、仕事・地域活動など社会とのつながりを継続することが、脳の健康を守るという強力な証拠です。
参考:東京科学大学「継続的な社会参加が認知症リスクを低下させる」(2025年)
https://www.isct.ac.jp/ja/news/aiysyvw4ucol
【エビデンス④】Lancet 2024年報告「認知症の45%は予防できる」
世界最高峰の医学誌「The Lancet」の認知症委員会は2024年、修正可能な14のリスク因子(身体活動不足・社会的孤立・うつ・肥満・難聴・高血圧など)を特定し、認知症の約45%は予防・遅延できると報告しました。
注目すべきは、そのリスク因子の多くが「就労や社会参加を続けることで自然に対処できる」ものという点です。
・身体活動不足 → 通勤・職場での動作で解消
・社会的孤立 → 職場・チームの人間関係で解消
・認知的刺激の欠如 → 仕事が脳に適度な刺激を与える
・うつ・精神的不活発 → 役割・達成感・承認欲求の充足
参考:Lancet Commission on dementia prevention 2024年報告
https://sndj-web.jp/news/003758.php
【エビデンス⑤】社会参加が高い地域ほど要介護認定率が低い
厚生労働省の研究データによれば、スポーツの会・趣味の会へ参加している人の割合が高い地域ほど要介護認定率が低く、社会参加が10%多いと要介護認定率は2〜5%程度低いという関係が有意に確認されています。
愛知県武豊町の事例では、サロン等への参加により要介護認定率を非参加群の約半分に抑制し、7年間の追跡で認知症発症が約3割減少したことも実証されています。就労も同様に社会参加の一形態であり、介護予防に直結します。
参考:厚生労働省研究班「健康寿命の延伸の効果に係る研究班報告書」
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000495325.pdf
第3章 ── なぜ「65歳退職」が最悪の選択になりうるのか
■ 退職が引き金になる「負のスパイラル」
65歳で退職
↓
社会とのつながりが薄れる
↓
身体活動が減少、脳への刺激が激減
↓
うつ・認知機能低下リスクの増大
↓
フレイル(虚弱)・認知症発症
↓
要介護状態への移行
FPの立場から見ても、要介護になった場合の経済的インパクトは甚大です。介護費用は月平均で自己負担8〜10万円、施設入居ともなれば月15〜30万円にも達します。年金と貯蓄でこれを長期間賄い続けることは、多くの家庭で困難です。
「長く健康に働く」ことは、老後のお金の不安を減らす最大の対策でもあります。
■ 「65歳以降も働く」が生み出す三重のメリット
【経済的メリット】
給与収入+年金収入(2026年改正で停止額が大幅縮小)で手取り増加。老後資金の取り崩しを遅らせられる。
【健康・認知症予防メリット】
脳への刺激・身体活動・人との交流が認知症リスクを低下。就労継続で死亡率も低下。
【介護予防メリット】
社会参加継続で要介護認定率が低下。自立した生活を長く維持できる。
第4章 ── 100歳人生時代の「働き方設計」
■ 65歳は「後半戦の始まり」にすぎない
2025年の令和7年版高齢社会白書によれば、65〜69歳の就業率は54.9%、70〜74歳でも35.6%。日本はOECD雇用見通し2025でG7諸国中最も高い高齢者就業率を誇り、65歳以上の就業者数は21年連続増加の930万人と過去最多を更新しています(2025年統計局データ)。
また、「70歳になっても働く」と答えた人は初めて4割を超えた(日本経済新聞2025〜2026年調査)という時代です。
日本老年学会・日本老年医学会は2017年の報告書で「現在の65〜74歳は、10〜20年前と比較して、知的機能の低下も見られず、社会活動の面でも活発である」と指摘。75歳以降を「高齢者」と再定義することを提唱しています。
■ あなたのステージ別・働き方の設計図
【65〜70歳:フルタイム継続 or 段階的移行】
現職での延長雇用や再雇用制度を活用。在職老齢年金の改正で、給与+年金の合計が月65万円以下なら年金は満額受給。積極的にフルタイム就労を継続する価値があります。
【70〜75歳:パートタイム・週3日就労・プロボノ】
体力やライフスタイルに合わせた就労スタイルへシフト。「完全な引退」ではなく、「緩やかな継続」が介護予防・認知症予防に最も効果的です。
【75歳以降:地域参加・ボランティア・シニア起業】
仕事としての就労から「社会との接点」にシフト。地域の担い手として活躍することが、健康寿命を支える重要な柱になります。
まとめ ── 「働く」は最高の老後戦略
2026年4月の在職老齢年金制度改正は、単なる年金ルールの変更ではありません。これは、国が「65歳以降も元気に働き続けてほしい」というメッセージを制度として体現したものです。
そして科学は証明しています。
✅ 就労継続により死亡率は低下し、男性では死亡が「6年」遅れるというデータがある
✅ 継続的な社会参加(就労含む)で認知症発症割合が平均3.2ポイント低下(東京科学大学・2025年)
✅ 都道府県データで健康寿命と高齢者就業率は正の相関(厚生労働省研究班)
✅ 社会参加10%増で要介護認定率が2〜5%低下(厚生労働省)
✅ 世界最高峰医学誌Lancetが「認知症の45%は予防可能」と宣言(2024年)
100歳まで生きる可能性がある時代に、65歳で「引き算の人生」を始める必要はありません。「働く」という選択が、あなたのお金・健康・生きがいの三つを同時に守る、最強の老後戦略なのです。
制度が後押しする今こそ、「いつまで、どんなふうに働き続けるか」を、ライフプランの中心に据えて考え直してみましょう。
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FP・100歳人生コンサルタント・山下幸子より
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「年金が減るから、もう少し働く時間を減らそう」という選択をしていた方にとって、2026年4月の改正は朗報です。ぜひ一度、ご自身の在職老齢年金の試算と、セカンドキャリアプランの見直しを行うことをお勧めします。老後の生活設計は「いかに貯めるか」ではなく、「いかに健康に稼ぎ続けるか」という発想の転換が、これからの時代には不可欠です。働くことによって、社会保険の負担が増えるから、NG、もらえる年金が減るからNG、という「社会保険や税金、在職老齢年金の壁」にこだわると、「インフレ」に負けてしまい、結局は苦しい、カツカツの「老後生活」になる可能があります。人口減少、少子高齢化が加速している中、健康で元気なうちは「支えられる側」でなく「支える側」になり、社会に貢献することが、ご自身の生きがい・やりがいに繋がり、幸福度が上がる事でしょう。還暦を過ぎたら「引退」ではなく、利他の精神で「リ・スタート」
私も頑張ります!みなさんもご一緒に頑張りましょう!
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参考資料・出典
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・厚生労働省「在職老齢年金制度の見直しについて」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00022.html
・日本年金機構「在職老齢年金制度の計算方法(2026年4月改正版)」
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/roureinenkin/zaishoku/20150401-01.html
・東京科学大学「継続的な社会参加が認知症リスクを低下させる」(2025年、Social Science & Medicine誌掲載)
https://www.isct.ac.jp/ja/news/aiysyvw4ucol
・厚生労働省「健康寿命の延伸の効果に係る研究班 議論の整理」(2019年)
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000495325.pdf
・Lancet Commission on dementia prevention 2024年報告
https://sndj-web.jp/news/003758.php
・内閣府「令和7年版高齢社会白書 就業・所得」
https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2025/html/zenbun/s1_2_1.html
・OECD雇用見通し2025・日本
https://www.oecd.org/ja/publications/2025/07/oecd-employment-outlook-2025-country-notes_5f33b4c5/japan_fa8fbc74.html
・小牧ら「高齢者の就労状況とQOLの関連性」(2022年)
https://www.hws-kyokai.or.jp/images/ronbun/all/202202-02.pdf



